第76回 開校記念式 校長式辞

令和8年5月20日(水)

みなさん、おはようございます。

本日、ここに、PTA会長 長谷川貴一(はせがわ きいち)様、同窓会の後藤寛典(ごとう ひろのり)様はじめ、ご来賓の皆様のご臨席のもと、第76回開校記念式を挙行できますこと、誠にありがたく、心より御礼申し上げます。

さて、附属小学校の誕生日は、実は2つあります。一つ目の誕生日が明治11年の10月1日です。二つ目の誕生日が昭和26年の5月20日です。明治の誕生日が「創立記念日」で、昭和の誕生日を「開校記念日」としています。76回目というのは、昭和の誕生日から数えた回数です。明治の誕生日から数えると、本年度は148年目となります。附属小学校は本当に歴史のある学校です。

よく見ると附属小学校には昔のものが、あちらこちらに残っています。先日、みのり園の雑草を抜いていたところ、池の脇に古い石碑がありました。難しい漢字が記してありました。読むと古いみのり園の石碑でした。調べてみると、この古い石碑ができたのが昭和3年(1928)でした。つまり98年前のものです。そして、年数を数えると、なんとカルミア学年の皆さんが6年生の時、つまり附属小学校創立150周年の年に、みのり園もちょうど100周年となります。

このようなことから、本日の開校記念式にあたり、「みのり園」についてお話しします。「沿革誌」や「附小百年」によれば、前、みのり園があった場所は十日町でした。今の市民会館の近くです。附属小学校が山形駅の近くにあったそうです。その場所から、だいたい60年前に附属小学校が今の場所にお引越ししたそうです。これに伴って「みのり園」もお

引越しをしました。その頃のエピソードが先ほどの本に記されていましたので紹介します。

“記念事業費として寄附を受けてみのり園の工事を行った。5月2日に、十日町校舎より運んでおいた庭石を大型クレーン車で高学年昇降口屋上を超え中庭に運び入れ、8月7日に完成、しかし中庭は地下水位が意外に高かったため、その後、樹木の大きいものから次々と枯れ始めた。そこで全校児童は盛土作業に精を出し、浅井戸を掘って水はけを良くし、樹木が枯れることを食い止めた”

このエピソードから、昔の子どもたちやおうちの人、先生が心を合わせ、「附属小をもっとよく、もっとよく」とたゆまず挑戦し続けてきた結果、今の附属小があるのだなあと改めて感じました。わたしたちは歴史ある附属小の一員です。わたしも何かしたくなって、今、「みのり園」の整備をすすめ、雑草を抜いたり、池の周りをまわる石の道を発掘し、復元したりしているところです。

この式の後、令和8年度の大テーマの発表があります。今年度も皆で心を合わせ、ますますよい学校をつくっていきましょう。

結びになりますが、本日ご臨席いただきましたご来賓の皆様には、今後も変わらぬお力添えを賜りますようお願い申し上げ、式辞といたします。

令和8年5月20日

山形大学附属小学校 校長 早坂和重