令和8年度 始業式 式辞

みなさんおはようございます。一つ上の学年への進級おめでとうございます。明日は入学式です。新入生84名が入学します。たのしみですね。

今ここに立っていると…、自然と3月の式のことが思い出されます。特に、みなさんが嵐田先生の指揮で、「なつつばき」のみなさんに贈った歌声が今も胸に響いてくると共に、固く誓ったことが思い出されます。それは、この附属小学校を、「自分もまわりもしあわせになる」場にすることでした。言うのは簡単ですが、実現するのは人類の歴史を見ても難しいことです。でもわたしたちならきっとできると信じています。そして、令和7年度は「大テーマ」を胸に、3つのほっとの種から、花が咲き、実がなり、見えないねっこが太った一年間でした。つまり、文化の土台である「土」づくりができた一年間だったと言えます。先生たちも同じでした。長岡教頭先生は、学校全体をいつも気にして温かい心配りをしていました。嵐田先生は毎朝、職員室に一番早く出勤し、熱いお湯をわかしていました。神保先生は、掃除や雪かき、そして後片付けでいつも汗だくでした。この3人の先生は、いつも自分の目でしごとを見付け、自分の手を出していました。実際、3人とも、お別れの挨拶で「みんなと一緒に学べてとてもたのしく・しあわせだった」と言っておられました。この場を借りてお伝えします。本当にたのしい一年間でした。

さて、そんな令和7年度が終わってしまいましたが、わたしは、令和8年度もすごくたのしみにしています。特に大テーマです。「れんぎょう学年」の皆さんが中心になり、どんなテーマを掲げるのか、ここ二週間ずっとたのしみにしています。そんな気分で先日、街を歩いていたら、ある文字が目に入ってきました。そこから思ったのですが…、みなさんは苦手な食べ物はありますか。小学生の頃のわたしは、ピーマンが苦手な自分でした。エビピラフが大好きだったのですが、だいたいどこのお店のエビピラフ、どの冷凍エビピラフにも1mmより小さく切り刻んだピーマンが数えきれないほど混ぜてあります。全てわきによけて食べていました。そんなわたしでしたが、「一口だけ食べてみたら…」という母の幾度ならぬ「すすめ」もあり、ついにある日、小さな小さなピーマン粒を一つだけ食べるという本当に小さな挑戦をしました。すぐに大量の水で飲み込みました。…そんなことを何回か続けるうちに「もっと食べてもいいかな」と自分でも思えるようになり、2粒、3粒くらい食べるようになりました。そんな風に何回か食べているうちに、ピーマンが、決して好きな食べ物ではないけれど、おいしくもまずくもない食べ物、少なくとも苦手な食べ物ではなくなりました。そして、だんだんに普通ぐらいの食べ物から、ちょっと仲良しな食べ物、そして好きな食べ物へと変わっていきました。わたしは、この小学生の頃の小さな挑戦、そしてピーマンとの関係の変化から、子どもの頃にこんなことを実感しました。「自分は今、苦手なものがあるけれど、いつか自分はもっと好きになれる…自分は変われる」ということです。自分がこのように変われることは、とてもたのしいことです。そして、不思議なことに「自分はもっと変われる」ということを今でも信じ、たのしめているのです。そして、人間、自分一人ではなかなか変われないけれど、「誰かのすすめや支えがちょっとあれば、きっと誰でも、自分が思ったように変わりながら、今よりもっとたのしく生きることができる」と信じています。

このようなことから、変わるけれど変わらない自分とは不思議なものだなと思っています。昨年は「人間の品とは何か」を個人研究のテーマにしていましたが、今年は「自分とは何か、人間とは何か」みたいなことをテーマにしようと考えています。そのお話はまた朝会などで。

それでは、令和7年度までの全ての取組を受け継ぎながら、この附属小学校を「もっと」「自分もまわりもしあわせになる」「たのしい」場所にしていきましょう。以上をもちまして、今年の学びの始まりに当たる「始業式」の式辞とします。